名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)2187号 判決 1991年3月29日
原告
木村進
同
守今朝雄
同
徳村貞雄
同
布目浦太郎
同
尾上謙三
同
芝原不二
同
土居定敏
同
仙道欣造
右八名訴訟代理人弁護士
竹内平
同
宮田陸奥男
同
水野幹男
同
冨田武生
同
鈴木泉
同
浅井淳
同
小島高志
同
杉浦豊
同
岩月浩二
被告
ブラザー陸運株式会社
右代表者代表取締役
横山彰夫
右訴訟代理人弁護士
佐治良三
同
太田耕治
同
建守徹
同
渡辺一平
右訴訟復代理人弁護士
尾関孝英
同
藤井成俊
主文
一 被告は、原告木村進、同布目浦太郎、同尾上謙三、同芝原不二、同土居定敏、同仙道欣造に対し、別紙認容額一覧表記載の各金員及びこれに対する昭和五六年八月九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 右原告らその余の請求を棄却する。
三 原告守今朝雄、同徳村貞雄の請求を棄却する。
四 訴訟費用中、原告守今朝雄、同徳村貞雄と被告との間に生じたものは右原告らの負担とし、右原告らを除くその余の原告らと被告との間に生じたものはこれを二〇分し、その一を被告の、その余を同原告らの各負担とする。
五 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、それぞれ別紙債権目録の「債権額」欄記載の各金員及び右各金員に対する昭和五六年八月九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 右1につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの連帯負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
被告は貨物自動車運送事業等を営む株式会社である。原告らは被告に雇用され、大型貨物自動車の運転手(以下「大型運転職」という。)として勤務している者である。
2 労働条件
所定勤務時間は午前八時三〇分から午後五時三〇分まで(うち一時間は休憩時間)で実働時間は八時間である。前月二一日から当月二〇日までの賃金を毎月二八日に支払う。
3 時間外労働等及び割増賃金
(一) 原告らは、昭和五三年六月二一日から昭和五六年六月二〇日までの間、所定労働時間を超える時間外労働(休日労働を含むが深夜労働を除く。以下同じ。)及び深夜労働(午後一〇時から午前五時までの労働)をし、毎月の各労働時間の合計は、別紙計算表(一)ないし(八)の各(D)欄(時間外労働につき)及び(E)欄(深夜労働につき)記載のとおりである。
(二) したがって、右労働時間に対し、原告に支払われるべき割増賃金は別紙計算表(一)ないし(八)の各(F)欄記載のとおりで、その算定方法は次のとおりである。
(1) 労働基準法(以下「労基法」という。)三七条にいう割増賃金の基礎となる賃金は、原告らの場合基本給、資格給(役職給)、運行手当、荷役手当、報償金、物価手当、理容手当から成り、その各月の合計額は別紙計算表(一)ないし(八)の各(A)欄記載のとおりであって、その内訳は別紙「支払明細項目及び各支払金額一覧表」(以下「明細一覧表」という。)のとおりである。
(2) 右基礎となる賃金は、いずれも月によって定められた賃金であるから、その合計額である別紙計算表(一)ないし(八)の各(A)欄記載の金額を労基法施行規則一九条一項四号に従い年間の一か月平均所定労働時間で除し、それに1.25を乗ずると一時間当たりの時間外労働に対する割増賃金が、1.5を乗ずると一時間当たりの深夜労働に対する割増賃金が算出されるところ、前者が右表(一)ないし(八)の各(B)欄記載の金額に、後者が同(C)欄記載の金額にそれぞれなる。なお、原告らの右所定労働時間は昭和五三年七月から昭和五四年三月までが一八八時間、同年四月から昭和五五年二月までが一八六時間、同年三月から昭和五六年七月までが186.6時間である。
(3) 別紙計算表(一)ないし(八)の各(F)欄記載の金額は、各(B)欄記載の金額に各(D)欄記載の時間数を乗じたものと各(C)欄記載の金額に各(F)欄記載の時間数を乗じたものを加算したもので、それが原告らに支払われるべき割増賃金となる。
4 しかるに、被告は、原告らに対し、別紙計算表(一)ないし(八)の各(G)欄記載の金額を支払ったのみであるから、これを前項の金額から控除すると同(H)欄記載の金額となり、その未払合計額は、原告木村につき二四九万三七一四円、原告守につき六三万八四二八円、原告徳村につき一三六万六四九一円、原告布目につき三三八万〇七三四円、原告尾上につき一六九万一二二九円、原告芝原につき一三〇万二三二七円、原告土居につき三五六万三二一八円、原告仙道につき二八二万一六八九円となる。
5 よって、原告らは被告に対し、それぞれ、割増賃金の右未払金及びこれに対する本訴状送達日の翌日である昭和五六年八月九日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は認める。
2(一) 同3(一)の事実は否認、同(二)のうち原告ら主張の給与、諸手当の合計額が原告ら計算表(一)ないし(八)の各(A)欄記載のとおりであることは認める(ただし、荷役手当は当時支払われておらず、別名目で支払われたものである。)が、割増賃金の算定方法は争う。原告らの主張する時間外及び深夜各労働時間は、後記「セット時間」に依拠するもので、実労働時間ではない。
(二) 報償金は、二賃金月間を一単位として、一賃金月間内の欠勤日数及び運行外勤務日数の合計が五日以内で、かつ、出勤日数が一五日以上の者に対し二賃金月間を通算して無事故の従業員には一万円が、一賃金月間を通算して無事故の従業員には五〇〇〇円が毎偶数月に支払われるものである。すなわち、この報償金は一か月を超える期間ごとに支払われる賃金であるから、割増賃金の基礎となる賃金に算入すべきではない(労基法三七条二項、同法施行規則二一条四号参照)。
3 請求原因4のうち、被告が原告ら主張の金員を支払ったことは認める(ただし、別紙計算表(五)の昭和五四年四月分は七万七四〇八円である。)が、その余の事実は否認する。
三 被告の主張及び抗弁
1 被告は、原告ら大型運転職に対する超過勤務手当(時間外及び深夜労働に対する手当の総称)の支払につき次に述べるような特別の方式(以下「ブラザー方式」という。)を用いているが、この方式は合理性を有し、原告ら所属の労働組合の承認を得て実施されているものであるから、原告らの割増賃金の支払につき不払の事実はない。
(一) 被告の業種は貨物自動車運送業等であるところ、特に大型運転職にある従業員の場合は、長距離運転が多く、その勤務形態は非常に変則的となり、超過勤務手当支給対象となる労働時間の把握が著しく困難となっている。そのため、時間外労働一時間当たりの割増賃金額及び深夜労働一時間当たりの割増賃金額算出のための計算式(以下「計算式」という。)を設定するとともに、早出・残業・休日・深夜労働時間を行先方面別に経験則上合理的に予測される実労働時間よりも相当余裕をもって定め(以下「セット時間」という。)、この「セット時間」を実際の行先方面ごとに、時間外及び深夜労働時間としているのである。
(二) 計算式は原則として、毎年の賃金改訂の時期に賃金改訂とともに変更され、この変更後の計算式はその都度原告らの所属する労働組合及び被告に存する他労働組合にも了解を得ているのである。なおセット時間は、昭和四八年一二月二一日にそれ以前に設定されていたものを両組合の了解のもとに改訂し、以後昭和五六年七月二一日に改訂されるまで一部を除きほぼ変更はない。しかして、右計算式とセット時間は以下のとおりである。
(1) 昭和五四年三月二一日改訂実施分にかかる計算式(昭和五四年四月分以降昭和五五年三月分まで適用)
① 時間外労働1時間につき={(基本給+役職給)÷192×1.25}+{業績給(75,600円)÷総労働時間(333.5時間)×0.4}
② 深夜労働1時間につき={(基本給+役職給〕÷192×1.5}+{業績給(75,600円)÷総労働時間(333.5時間)×0.5}
(2) 昭和五五年三月二一日改訂実施分にかかる計算式(昭和五五年四月分以降昭和五六年七月分まで適用)
① 時間外労働1時間につき={(基本給+役職給)÷192×1.25}+{業績給(77,750円)÷総労働時間(327時間)×0.4}
② 深夜労働一時間につき={(基本給+役職給)÷192×1.5}+{業績給(77,750円)÷総労働時間(327時間)×0.5}
(3) セット時間(昭和四九年一月分から昭和五六年七月分まで適用)
① (一運行一人当たり)
起点
行先
早出・残業時間
深夜時間
名古屋
仙台
一四時間
一一時間
同
群馬
七.五時間
一〇時間
同
東京
七時間
八時間
同
新潟
八時間
一〇時間
同
大阪又は静岡
七時間
〇.五時間
同
北条
七時間
二時間
同
福岡
一三.五時間
一三時間
同
熊本又は大分
一五.五時間
一三時間
同
広島
七時間
一二時間
なお、この表にない区間を運行する場合は、その都度定め多発する場合はセット時間を定めることとしている。
② 大型貨物自動車運転職で長距離運行勤務の出発・到着日が休日にかかる場合の各運行路線別セット休日勤務時間は次のとおりである。
(イ) 仙台・福岡・熊本は出発日及び到着日共各六時間
(ロ) 東京・群馬・新潟・広島は出発日及び到着日共各四時間
(ハ) 北条・姫路・大阪・静岡等約二〇〇キロメートル以内は休日勤務時間はなし
(三) 以上述べた両組合の承諾のもとに定められた計算式により算出された一時間当たりの超過勤務手当額と、行先方面別のいわゆるセット時間を基礎として算出された金額が、現実に原告らに支払われた金額であり、その金額は後記主張のとおりである。
2 仮に、ブラザー方式が労基法とおりでなかったとしても、被告が原告らに支払ってきた超過勤務手当額は、以下に述べるとおり、労基法にしたがって計算した割増賃金額を上回っているから、原告らが主張するような未払賃金の発生する余地はない(なお、後記のとおり、昭和五四年七月分以前の原告ら請求分は時効によって消滅しているから、ここでは同年八月分以降の請求分について述べる。)。
(一) 被告における割増賃金の算定基礎となる賃金について被告が、大型運転職に支払う賃金もしくは手当等の内容は以下のとおりである。
① 基本給 個人別に月額で定めたもの(但し、支給条件あり)
② 役職給 役職ごとに月額で定めたもの(但し、支給条件あり)
③ 物価手当 全ての従業員に一律に日額(一〇〇〇円)で定めたもの(但し、支給条件あり)
④ 理容手当 全ての従業員に一律に月額で定めたもの(但し、支給条件があり、また昭和五六年七月二〇日まで支給)
⑤ 荷役手当 (原告らに支払われたことがない。)
⑥ 運行手当 一運行ごとに定額(昭和五四年七月二一日から昭和五五年三月二〇日までは二七〇〇円、同年三月二一日から昭和五六年七月二〇日までは二七五〇円)で支払われるもの
⑦ ワンマン手当 一人乗務一運行ごとに定額で支払われるもの。但し、運行先により異なった金額が定められていたとともに昭和五六年七月二一日より廃止とされた。
⑧ 宿泊手当 運行予定日数超過一日ごとに定額(一〇〇〇円)で支払われるもの
⑨ 家族手当
⑩ 通勤手当
⑪ 報償金
しかして、被告の右支払賃金等のうち、割増賃金の計算基礎となるものは、右①②③④⑥⑦⑧ということになる(労基法第三七条二項、労基法施行規則二一条四号)
(二) 次に、割増賃金の計算基礎となる「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」とは、次の方法により計算した一時間当たり賃金額に、時間外労働又は深夜労働の時間数を乗じた金額である(労基法施行規則一九条一項)。
(1) 日給 日によって定められた賃金(本件では、前記③物価手当がこれに当たる)については、その金額を一日の所定労働時間数で除した金額である。
(2) 月給 月によって定められた賃金(本件では前記①基本給、②役職給、④理容手当がこれに当たる)については、その金額を月における所定労働時間数(月によって所定労働時間数が異なる場合には、一年間における一月平均所定労働時間数)で除した金額である。なお被告は、月によって、所定労働時間数が異なるから一年間における一月平均所定労働時間数で除さなければならない(昭二三・三・一七基発第四六一号)こととなる。
(3) 請負給 出来高払制その他の請負制によって定められた賃金(本件では前記⑥運行手当、⑦ワンマン手当、⑧宿泊手当がこれに当たる)については、その賃金算定期間(賃金締切日がある場合には、賃金締切期間)において出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における総労働時間数で除した金額である。
(三) 以上のことを前提として、原告らの本期間中の割増賃金の計算基礎となる一時間当たりの賃金額を計算する。
(1) 前記日給部分に当たる③物価手当に関しては、原告ら全員が大型運転職であり、同職に対しては一律に日額一〇〇〇円を支払っているから、一時間当たり一二五円(一〇〇〇円÷八時間(被告の一日の所定労働時間)=一二五円)である。
(2) 同前記月給部分に当たる①基本給、②役職給、④理容手当について
(イ) まず前述のとおり、被告は、月の所定労働時間数は月により異なるから、一年間における一月平均所定労働時間数を求めなければならないところ、本件に必要な年度に関してその数値を求めると以下のとおりとなる。
A 昭和五四年度 一八六時間
(二七九日(年間所定労働日)×八時間(一日の所定労働時間)÷一二カ月)=一八六時間
B 昭和五五年度 186.66時間
(280日(年間所定労働日)×8時間(1日の所定労働時間)÷12カ月)=186.66時間(小数点第三位以下切捨)
C 昭和五六年度 右Aと同様
(ロ) 原告ら全員の各人ごとの割増賃金の計算基礎となる一時間当たりの賃金額の計算式は次のとおりとなる。
A 昭和五四年八月分から同年一二月分
(基本給+役職給+理容手当)÷一八六時間
B 昭和五五年一月分から同年一二月分
(基本給+役職給+理容手当)÷186.66時間
C 昭和五六年一月分から同年六月分
(基本給+役職給+理容手当)÷一八六時間
(ハ) 以上の計算式に従い、原告らの月額部分賃金等に関する割増賃金の計算基礎となる一時間当たりの賃金額を計算すると、別紙被告計算表(一)ないし(八)記載のとおりとなる(なお全ての別紙被告計算表中空白月は、本件請求の対象となっていない月であるので何も記載していない)。
(3) 同前記請負給部分に当たる⑥運行手当、⑦ワンマン手当、⑧宿泊手当に関する割増賃金の計算基礎となる一時間当たりの賃金額の算出計算式は以下のとおりとなる。
(運行手当+ワンマン手当+宿泊手当)÷賃金算定期間における総労働時間数
右の計算式に従い原告らの請負給部分の割増賃金の計算基礎となる一時間当たりの賃金額を計算すると別紙被告計算表(九)ないし(一六)記載のとおりである。
(四) 原告らの実働超過勤務時間について
(1) 原告らは、被告が原告らに有利になるように定めた超過勤務手当に関する計算式の適用を拒否し労基法に従って計算すべきであると主張するが、然りとすれば原告らの時間外及び深夜各労働時間についてもセット時間ではなく実労働時間によって超過勤務手当を計算し直さなければならない。
(2) 被告は、原告ら大型運転職を含め、全ての運転職にあるものにつき、業務に従事中には当該運転にかかる貨物自動車にタコグラフを取り付けている。このタコグラフより、原告らの実労働時間を算出すると、原告らの実時間外及び実深夜各労働時間は別紙被告計算表(一七)ないし(二四)記載のとおりとなる。
(五) 原告らに支払うべき超過勤務手当について
(1) 以上本項で述べた事実をもとに労基法にしたがって計算すると原告らに毎月支払うべき金額は以下のとおりの計算式により求められることとなる。
{(日額部分の1時間当たりの賃金額+月額部分の1時間当たりの賃金額)×1.25〔1.50〕×実時間外労働時間〔実深夜労働時間〕}+{請負給部分の1時間当たりの賃金×0.25〔0.5〕×実時間外労働時間〔実深夜労働時間〕}〔 〕内は深夜労働の場合
なお、出来高払制その他の請負制によって賃金が定められている場合については、時間外及び深夜各労働に対する時間当たり賃金、すなわち1.0に該当する部分は、すでに基礎となった賃金総額の中に含められているから加給すべき賃金額は、計算額の二割五分(深夜労働の場合は五割)で足りる(昭二三・一一・二五基収第三〇五二号)。
(2) 被告が現実に原告らに支払った超過勤務手当の金額と被告が原告らに支払うべき金額は別紙被告計算表(二五)ないし(三二)の当該項目欄記載のとおりで、むしろ過払いになっている。
3 (仮定的抗弁)
(一) 被告が原告らに対し支払ってきた超過勤務手当は、前記1のとおり、原告らの所属する労働組合の了解を得たブラザー方式によって算出されたものであるから、これを原告らが未払い賃金があると称して支払請求をすることは信義則に反し無効である。
(二) 原告らは本件において、昭和五三年七月分から同五六年六月分まで三年間分の未払賃金を請求しているが、賃金支払請求権は、二年の消滅時効にかかるところ(労基法一一五条)、本件訴の提起は昭和五六年七月三一日になされている。しかして、仮に原告らの主張が全て正しいとしても、原告らの主張する未払賃金のうち、昭和五四年七月分以前については労基法一一五条により消滅時効にかかることは明らかであり、被告は右消滅時効を援用する。
四 被告の主張及び抗弁に対する認否
1 被告の主張及び抗弁1の主張は争う。
(一) 計算式について
原告らの所属する労働組合である全日本運輸一般労働組合ブラザー陸運支部(以下「本件組合」という。)が被告の計算式に関して同意したのは昭和五六年五月一八日であり、それ以前に、右計算式に同意したことはない。
本件組合は、被告から支払われる割増賃金の単価が著しく低いため右計算式が労働法規に違反するのではないかとの疑いを抱いていたので異議をとどめつつ、右計算式による賃金を受領していたにすぎない。
(二) セット時間について
本件組合がセット時間に同意したのは昭和五六年七月二〇日であり、それ以前に同意した事実はないし、昭和四八年一二月二一日には本件組合すら存在していなかった。
2 被告の主張及び抗弁2の主張は争う。
(一) 報償金は割増賃金算定の基礎賃金に算入すべきものである。報償金は従来一か月毎に支払われてきたものであるが、被告は毎月支払うのは事務上繁雑である等の口実で隔月払いとした。しかし、実際上は従来と同様の算定方法により一か月毎に計算されており、変更されたのは、支払期日の点だけである。こうした被告の右変更は明らかに労基法三七条の脱法を意図したものであり、また、右報償金は何ら計算技術上の困難を伴わないものであるから労基法施行規則二一条四号には該当しないからである。
(二) 被告は、時間外及び深夜各労働の実労働時間をタコグラフにより算出したと主張するが、タコグラフには自動車の走行時間(いわゆる「実ハンドル時間」)しか記録されず、被告主張の実労働時間には、原告らが自動車を止めて荷物を積み込んだり、おろしたりする作業時間、待機等の手待ち時間、休憩時間及び公道上で駐車中にとる車中の仮眠時間についてはいずれも意図的に除かれている。したがって、右時間を基礎にして割増賃金を算出することは労働実態に合わず不当である。
(三) 割増賃金算定の前提となる労働時間はセット時間によるべきものである。
(1) セット時間は、交通事情、運行日の道路状況、荷待ち時間等、長距離貨物自動車運転手の労働実態を反映させたものであり、本件においても個別的に諸事情が検討されて定められたもので、実労働時間を反映したものであるからである。
(2) ところで、右運転手の労働状況において「休憩」とか「仮眠」といわれる時間帯は、実際は荷降先あるいは荷受先あるいは近くの公道上において、荷物の受渡しを待って車両を停止させている時間帯である。すなわち、荷降先における荷降時刻が到来し、荷降準備が整うまで当該車両と当該荷物を管理・監視し、荷受先においては荷受時刻の到来、荷物の到着あるいは荷物の準備を待つ間、当該車両を管理している。したがって、右は明らかに労働時間であるから、原告らの時間外及び深夜各労働時間は、実際にはセット時間を大きく上回っていることは明白でこれを下回ることはない。よって、セット時間によることの不合理性はない。
(3) 仮に「休憩」とか「仮眠」とかの時間帯が労働時間であることに争いがあるとしても、右のような実情を踏まえて、本件では労使において全体として「セット時間」をもって割増金算出の前提として取り扱うという慣行が存していたのである。
(4) 仮に「セット時間」が前提とならないとしても、実労働時間は、前記のとおり、セット時間を上回っているから、セット時間の範囲で、実労働時間に基づく割増賃金の算出を主張するものである。
3 被告の主張及び抗弁3の主張は争う。
五 再抗弁(消滅時効につき)
(一) 本件組合と被告との割増賃金の未払問題に関する団体交渉の経緯は次のとおりである。
(1) 団体交渉(一)(労働基準監督署による是正勧告以前)
本件組合は、昭和五三年七月二四日被告に対し、残業手当の支払等について団体交渉を申し入れた。
右申し入れに端を発し、同年七月二八日以降、翌五四年三月ころまで被告との間で繰り返し団体交渉がもたれた。
昭和五三年七月二八日の団体交渉の席において、被告の団交代表者は、「給料計算を法律の様に計算し支給するならば会社は成り立たない」旨述べた。
同年八月五日の団体交渉においては、本件組合の「会社は未払分について試算して組合員に示すべきだ」との要求にもとづいて被告の団交代表者は「昭和五三年七月分の給料を試算したところ、一人平均三万六八〇〇円の差額がある」旨答えたものの、被告の経営からすると支払えるような状況にないことを一貫して述べてきていた。
本件組合は、昭和五三年一〇月二九日、定期大会を開催し、それまでの被告との団体交渉をふまえて新たな決意を持って割増賃金の未払問題をとりあげてゆくことを確認し、同年一一月二〇日被告に対し、すでに被告が自認しているような問題が明らかになってきているにもかかわらず、会社側が一向に労働者に誠意を示そうとしない姿勢を批判し、併せて組合側の試算によれば、組合員一人当たり一か月平均五万三四二〇円の未払賃金がある旨指摘し、被告は速やかに解決するよう、改めて申し入れた。
(2) 労働基準監督署への働きかけについて
本件組合は、割増賃金の未払問題について、取り組みの当初から南労働基準監督署(以下「南監督署」という。)へ出向いて現状を説明して南監督署の見解を問い正し、問題解決のため早急に被告の労働基準法違反の事実について是正勧告するよう強く求めてきた。南監督署は初めから被告の行為について疑問がある旨述べていた。本件組合の組合員であった原告らは、南監督署に何度も足を運び、積極的に調査等に応じてきた。
こうした原告らの努力によって、同年一二月二八日付で、南監督署は、被告に対して労基法三七条違反の事実があるとして是正勧告を出すに至り、被告の労働基準法違反は明確となった。
(3) 団体交渉(二)(労働基準監督署の是正勧告以後)
本件組合は、右是正勧告を踏まえ、被告との間に翌昭和五四年一月より三月ころにかけて、一月二〇日、同月二七日、二月二日、同月一〇日、三月二日、同月一七日、同月二四日等と割増賃金の未払問題について集中的に団体交渉を持った。
ところが被告は、同年一月ころの団体交渉の席上では、前記是正勧告のあったことを否定していた。
そこで原告らは再び南監督署へ出かけ、是正勧告の事実すらなかったと言う被告の姿勢を伝え、監督署としての指導を徹底するよう申し入れた。そのため南監督署は原告らの面前で被告に電話を架け、「今組合の人が来ている。勧告が出ていないとはどういうことだ。そういう態度であれば監督署も徹底的にやる」と伝えた。
この結果、一月末の団体交渉において被告の団交代表者は「算入もれの額はあると思う。法律によれば組合の要求は当り前である」旨述べ、また「組合の指摘は無駄にせず、今後の賃金体系の改訂に反映させたい」と答えるに至った。
二月初めの団体交渉においては「会社としては、まず賃金体系の改訂について取り組む」と従来の考えをくり返すとともに「差額を直ちに支払うことは困難である。」として、支払の額及び時期方法の具体的検討をすることを前提にした回答が出された。これに応じて本件組合は未払賃金の支払に関して組合単位に支払うこと、またメンツにこだわらず支払名義は特別一時金等でもよいことなどの提案をし、次回までに被告が右提案を真剣に検討するよう求め、被告はこれを約束したため交渉の一部進展と評価しうるような状況となった。
三月の団体交渉において被告は未払賃金に関して、「①未払賃金はあり、本件組合の主張は十分わかる。賃金体系の改訂にはそのことを十分反映させてゆきたい。②未払賃金の総額の支払はむづかしいが、ボールペン一本か万年筆一本か検討したい。ボールペン一本がいくらになるかは会社に検討させて欲しい。③右支払については、賃金体系の改訂がなされた時点で解決したい」旨述べた。本件組合は被告がこれまでの回答から一歩踏み出し、具体的提案をしたものとして了解し、この被告の提案を受け入れることにした。
その後も、右団体交渉は昭和五五年、五六年と継続してきたが、被告の団交代表者は右と同趣旨の発言をしていた。
(二) 債務の承認について
被告は、右(一)の団体交渉を通じて本件組合及びその構成員である原告らに対し、割増賃金に未払のあることを認め、その金額、支払方法、支払時期等について交渉が進められていたのであるから承認による時効中断事由がある。
(三) 催告の効力について
被告は、原告らの未払賃金の請求に対して、前記(一)のとおり、賃金改訂後の話し合いによって解決する旨表明してきたのであるから、被告の姿勢が明確になるまで民法一五三条所定の六か月の期間は進行しない。
(四) 信義則違背について
被告は、前記(一)のとおり、原告らに対し、労使間の本件問題の解決を話し合いによるものとする姿勢を示してきたのであり、これを信頼した原告らに対し、この信頼を根底から覆す挙に出た被告は、信義則の原則から時効の援用の主張は許されるべきではない。
六 再抗弁に対する認否
いずれも否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二原告らは、昭和五三年七月分から昭和五六年六月分までの割増賃金の請求をしているが、被告は、そのうち、昭和五三年七月分から昭和五四年七月分(当月分の支払期日は同月二八日)については、労基法一一五条所定の二年の消滅時効が完成していると主張する。そして、本件訴えが昭和五六年七月三一日に提起されていること、被告が本訴で右時効を援用していることは、記録上明らかであるから、以下原告らの再抗弁について判断する。
1 <証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定に反する<証拠>は採用しない。
(一) 被告では、大型運転職の超過勤務手当を算出するにあたって「被告の主張及び抗弁」1(二)記載の計算式及びセット時間を併用したブラザー方式を採用し、これにしたがって原告らに右手当を支払ってきた。
(二) 被告には、同盟系のブラザー陸運労働組合があったが、昭和四九年七月一日、右組合を脱退した原告らが新たに本件組合(当時の名称は全国自動車運輸労働組合ブラザー陸運支部)を設立した。本件組合は、昭和五三年六月ころ、超過勤務手当の額が労働の割には僅少であるとして疑問を抱き、被告の経理担当者にその計算式を聞いたり、南労基署の見解を尋ねたりなどして下調べをしたうえ、同年七月二四日、被告に対し、従来被告から支払われてきた賃金の内容に不審な点があるとして、団体交渉(以下「団交」という。)の申し入れをし、同月二八日に第一回の団交が開かれた。その際、本件組合から超過勤務手当の計算方法に疑義がある旨の発言があったため、被告の団交代表者は、右手当の計算方法について独自の方式を用いているが、それによって計算された額は労基法によって算出された額よりも多いので問題はない、しかし、本件組合の主張に沿って超過勤務手当の額を試算してみると答えた。同年八月五日の第二回団交では被告の団交代表者が、本件組合の主張を前提に試算した結果によれば、大型運転職全員の平均(同年七月分)で三万六八〇〇円の未払賃金がある旨の発言をした。同年九月八日の第三回団交では、本件組合から右未払賃金を求める要求が出たが、被告の団交代表者は、セット時間の歴史的経緯並びにブラザー方式によって算出された超過勤務手当は労基法による算出額より多いので支払う理由はないと答えた。その後、本件組合の再度の申し入れにより、同年一二月一五日から翌昭和五四年三月二日にかけて数回の団交が開かれたが、第三回の団交と同様のやりとりが行われた。右三月二日の団交の席上で、被告の団交代表者は現実に支払われてきた超過勤務手当に問題はないが、ブラザー方式で改めるべきところは改める、しかし、従来より本件組合との間で話合われてきた賃金改定の解決が先決で、その中で本件組合の主張する未払賃金問題を反映させ、又は配慮したい、そして、その具体的な額は言えない等と発言した。
(三) 本件組合は、被告に対し、昭和五五年一一月二二日付け申入書で、ブラザー方式の改定、未払賃金の請求をしたところ、被告は、同年一二月一五日付けで、本件組合に対し、ブラザー方式の改定については協議を速かに再開すること、未払賃金の問題に関しては、右(二)の団交の席上での説明のとおりである旨の書面による回答をし、同月二〇日に団交が開かれた。その後、本件組合は、昭和五六年六月一五日付け団交申入書で、同年五月一八日に新賃金体系の合意がなされたとして、未払賃金に関する団交を求め、同月二〇日及び同月二七日に団交が開かれたが、被告の団交代表者は、いずれも未払賃金はない、その支払約束をした覚えはないと答えた。
(四) なお、被告は、昭和五三年一二月二八日付けで、労働基準監督官泉浩介から、「割増賃金の計算の基礎に荷役手当、報償金、物価手当、理容手当が算入されていない。但し、割増賃金の試算については、ブラザー陸運独自の方法を採用しているため、ブラザー方式を具体的に点検し、法定計算の結果に比して不合理になる場合はブラザー方式を再検討すること」との是正勧告を受けた。
2 右認定事実によれば、被告は本件組合との団交の席上で、超過勤務手当について未払のあることを自認ないし承認したことはなく、ただ、別途交渉中の賃金改定の中で、本件組合の申し入れの趣旨を反映させたいと答えたにとどまるものであるから、再抗弁(二)ないし(四)の主張は、いずれも採用しない。
3 したがって、原告らの請求分のうち、昭和五三年七月分から昭和五四年七月分までの請求は、仮に原告らに割増賃金支払請求分があったとしても、時効によって消滅している。
三昭和五四年八月分以降の割増賃金の算定
1 時間外及び深夜各労働時間数について
右各労働時間数につき、原告らはセット時間を、被告はタコメーターに記録された自動車が動いている、いわゆる実ハンドル時間を、それぞれ主張する。
(一) そこで、まず、セット時間と実労働時間との関係について考察する。
(1) <証拠>によれば、被告では大型運転職の場合、勤務が変則的で長距離運行が多く、その実労働実態の把握が困難であることから、いわゆるセット時間を定めていることが認められるが、更に、セット時間の算出について、同証人らは、行先方面別の運行実態を分析し、各作業項目の点検をして標準的な実労働時間を「充分上回る」標準運行時間を設定し、その中から超過勤務時間を集計し、それをセット時間としていると証言する。
(2) 原告らは、原告木村の労働実態を示すものとして、<証拠>を提出し、セット時間が大型運転職にとって有利でないと主張するが、<証拠>によれば、時間外及び深夜各労働時間は概ね下記表の「原告提出書証分」記載のとおりで、セット時間と比較すると、セット時間の方が労働実態から算出される時間外及び深夜各労働時間を相当上回っていること並びに荷積み、荷降しなどの作業の多くが所定労働時間(午前八時三〇分から午後五時三〇分まで)内に行われていることが認められる。なお、<証拠>分の時間外労働時間が長いのは休日労働が含まれているため(<証拠>)である。
号証
行先
運行期間
年月日
原告提出書証分
該当セット時間
差
時間外
深夜
時間外
深夜
時間外
深夜
甲第二号
仙台
昭五三年八-
二四~二四
一一.二〇
四.五〇
一四.〇〇
一一.〇〇
+二.四〇
+六.一〇
一二
仙台
昭五四-八-
二八~三〇
九.二五
六.二〇
一四.〇〇
一一.〇〇
+四.三五
+四.四〇
一三
仙台
昭五五-六-
一二~一四
一五.三〇
三.三〇
一四.〇〇
一一.〇〇
△一.三〇
+七.三〇
一四
仙台
昭五五-九-
一八~二〇
九.四五
七.一五
一四.〇〇
一一.〇〇
+四.一五
+三.四五
一五
福岡
昭五三-八-
一〇~一二
四.四五
四.〇〇
一三.三〇
一三.〇〇
+八.四五
+九.〇〇
一六
東京
昭五三-一一-
一三~一五
五.一〇
五.三〇
七.〇〇
八.〇〇
+一.五〇
+二.三〇
一七
浦和
昭五四-九-
五~七
八.二〇
一.三〇
七.三〇
一〇.〇〇
△〇.五〇
+八.三〇
一八
横浜
昭五四-九-
二五~二七
二.二〇
五.二〇
七.〇〇
八.〇〇
+四.四〇
+二.四〇
一九
高崎
昭五五-七-
一六~一八
五.二〇
五.一〇
七.三〇
一〇.〇〇
+二.一〇
+四.五〇
計
九運行
七一.五五
四三.二五
九八.三〇
九三.〇〇
+二六.三五
+四九.三五
ずれも単位は時間・分
右表の労働時間を出すについては休憩及び仮眠時間(<証拠>によれば、大型運転職の場合、通常自動車運転席の後部に設けられた仮眠設備で仮眠していることが認められる。)を除いているが、右時間帯といえども、運転手は車両や積荷の盗難そのほかの事故防止等のため車両を管理していることが必要であり、この点を重視すると、これらも労働時間とみる余地もある。しかし、<証拠>によれば、休憩あるいは仮眠をするにあたって、特に当該車両との場所的な拘束性は与えておらず、運転者には車両から離れるときは、積荷の安全状態を点検し、エンジンキーをはずし、ドアの施錠を確実にする等、運転者としてなすべき基本的注意義務を怠らないよう指示する程度であったこと、積荷には劇毒物等の有害危険なものを扱っていないことが認められ、また、車両の管理方法について厳格な定めがあって、それを怠った場合には重い制裁を科するような規定の存在も認められないことに照らすと、右時間帯を直ちに労働時間とみることはできない。また、仮眠の場合、前記のような状態での仮眠という制約はあるものの、その間に従事すべき労働はなく、運転業務から解放されているので、それは労働時間ではないと解すべきである。また、仮眠時間といっても、荷受先あるいは荷降先での荷受時刻、荷降時刻まで待機している時間という意味合を含むのではないかという点についても、その時刻が明白である以上、それまでは労働から解放されていることになるから、やはり労働時間とみることはできない。
(3) <証拠>によれば、セット時間は、昭和四八年一二月二〇日、昭和五六年七月二一日と改定され、時間外及び深夜各労働時間が原則として順次減ってきており、例えば仙台行先の場合を例にとると、前者が一六時間、一四時間、8.5時間と、後者が一四時間、一一時間、8.5時間と推移していること、これらの改定は道路事情の改善に由来することが多いが、昭和五六年七月二一日の改定は、その点よりもむしろ労働基準監督官の前記是正勧告により、被告は計算式の変更を余儀なくされ、そのため、セット時間を、従前よりも一層労働実態に近づけるために行われたことが認められる。
以上の事実に照らすと、昭和四八年一二月二〇日に改定されたセット時間数は、現実の時間外及び深夜各労働時間を上回るものと言わざるを得ない。
(二) 貨物運送事業において運行系統別に複数の路線がある場合には、当該行先別の標準労働時間を定めて運用する例が多い。これは、自動車運転者の労働時間は事業所外労働が主体であるだけに事業場内での労働時間のように管理者がそれを的確に把握することが困難であることのほか、道路事情、高速道路の状況、交通渋滞などの問題があって必ずしも現実の労働時間の算定が容易でないことに由来すると考えられ、被告においても、このような観点から行先別のセット時間及び計算式を併用したブラザー方式とよばれる独自の方法を採用して割増賃金を算定してきた。原告らは、本件において、右方法のうち、後者の計算式には割増賃金の基礎賃金として本来算入すべき諸手当が考慮されていないとして、労基法上算入を必要とされる手当の算入を主張したうえで、セット時間の方はそのままにし、それをもとに割増賃金の支払を求めている。
しかし、本件においては、右(一)のとおり、セット時間は現実の時間外及び深夜各労働時間に比してかなり長く、また、その誤差は合理的と認められる範囲内にあるとは認め難いので、セット時間をもって実労働時間とみなすべしとする原告らの主張は失当であるし、ブラザー方式の一方の柱であるセット時間だけを取り上げて、それを割増賃金の前提とする労使の慣行が存していたとする主張も理由がない。
被告が主張する実労働時間はタコメーター及び乗務記録表を照合したうえで実ハンドル時間を算出したもので、実ハンドル時間以外のいわゆる手待ち時間、荷物の積み込み、荷降し時間など労働時間と目すべき時間が考慮されていない(<証拠>)が、実労働時間は元来原告らが主張・立証すべきものであるのに、それが本件ではなされていない以上、労基法の定める方式により割増賃金の算定をするにあたっては被告の主張する実労働時間を基礎とせざるを得ない。そして、それは、<証拠>によれば、別紙被告計算表(一七)ないし(二四)のとおりであることが認められる。
2 割増賃金算定の基礎となる賃金について
(一) <証拠>を総合すると、被告が大型運転職に支払っている賃金もしくは手当の項目は「被告の主張及び抗弁」2(一)のとおりであること、原告らのいう運行手当にはワンマン手当が含まれ、原告らのいう荷役手当は昭和五四年八月以降は支給されていないが、宿泊手当として請求を維持していることが認められる。右のうち、基本給、役職給(原告らのいう資格給)、物価手当、理容手当、運行手当(ワンマン手当を含む)、宿泊手当が割増賃金算定の基礎賃金に算入すべきことは当事者間に争いがない。
(二) 報償金が右算入すべき賃金にあたるか否かについて検討する。
<証拠>によれば、被告では従来無事故運転手に対し、無事故手当として一か月五〇〇〇円の支払をしてきたが、昭和四四年三月ころ、これを廃止して、新たに「一賃金月間内の欠勤数及び運行外勤務日数の合計が一五日以上」という資格要件を加味し、「二賃金月間を通じて無事故の従業員には一万円が、一賃金月間を通算して無事故の従業員には五〇〇〇円が毎偶数月に支払われる」とする報償金制度を採用したことが認められるが、<証拠>によれば、これは二賃金月間を一単位としていても、一賃金月間が無事故であれば五〇〇〇円が支払われるもので、資格要件も一賃金月間を単位としていることから、その実体としては支払期日の点が主に異なるだけで一賃金月間毎の算定が可能であることが認められる。そして、労基法施行規則二一条四号の設けられた趣旨が「計算技術上の困難を避けるため」にあると解されていることに照らすと、報償金は同号の除外賃金にあたらず、割増賃金算定の基礎賃金と解すべきである。
3 通常時間の賃金について
(一) 通常時間の賃金の計算方法は、労基法施行規則一九条に規定されているが前記賃金もしくは手当の性格に照らして分類すると物価手当(一〇〇〇円)は日によって定められた賃金に、基本給、資格給(役職給)、報償金(五〇〇〇円)、理容手当(一八〇〇円)は月によって定められた賃金に、運行手当、ワンマン手当、宿泊手当は右規則一九条二項の賃金にそれぞれ該当する。運行手当、ワンマン手当、宿泊手当は同条一項六号の請負給に該当すると解する余地がないではないが、例えば運行手当は被告の配車指示に基づく一運行毎に定額が支払われるもので、勤務すればその日の運行距離、運行荷物の多少にかかわらず定額が支給されるもので労働者の自助努力によって増える要素はないことに照らすと請負給とみるのは適当でなく、また、ほかの同条一項各号にも該当しないから、右のとおり解するのが相当である。そして、ワンマン手当、宿泊手当も右とほぼ同様の性格を有することに照らし、同様の扱いをするのが相当である。
(二) 物価手当(一八〇〇円)は一日の所定労働時間数である八時間で除して得られた一二五円が一時間当たりの通常時間の賃金額である。
運行手当、ワンマン手当、宿泊手当は前記規則一九条二項により月によって定められた賃金とみなされるから、基本給等と同様の方法で算出すれば足りるところ、支払明細表の各月における物価手当を除いた金額の合計額(ただし、報償金については偶数月に一万円が支払われている場合には前月分として五〇〇〇円、当月分として五〇〇〇円と振り分ける。)を一年間における一か月平均所定労働時間で除した金額が、運行手当等の一時間当たりの通常時間の賃金額である。そして、<証拠>によれば、一年間における一か月平均所定労働時間は、昭和五四年一月から一二月までが一八六時間、昭和五五年一月から一二月までが186.6時間、昭和五六年一月から一二月までが一八六時間であることが認められる。
4 割増賃金の計算
以上を前提とすると、原告らが本来受け取るべき割増賃金の計算方法及び額は別紙「裁判所の計算式」及び「裁判所の計算表1ないし8」記載のとおりである。
5 割増賃金の未払額
被告の支払った割増賃金額は当事者間に争いがない(別紙計算表(五)の昭和五四年四月分については争いがあるが、前記の消滅時効が完成した期間のみに関係する。)。
その結果、原告守、同徳村には未払額がなく、その余の原告らに対する未払額は別紙「裁判所の計算表1ないし8」の「差引認容額」欄記載のとおりとなる。
四被告の主張及び抗弁について
被告は、割増賃金の算出方法であるブラザー方式が合理的なもので、しかも原告らが所属する本件組合の承諾を得て実施されているものであるから原告らに対し不払の事実はないし、また、不払があるとして本訴請求をするのは信義則違反であると主張する。しかし、労基法三七条の制度趣旨に照らすとブラザー方式について所属組合の承諾があるからといって被告の原告らに対する割増賃金の支払義務を免れると解することができないのみならず、前記認定のとおり、本件組合がブラザー方式のうちの計算式についての問題点に気づいたのは昭和五三年六月ころで、それまでは右計算式の存在すら知らなかったことが窺えるから、被告の右主張が失当であることは明らかである。
五よって、原告らの本訴請求は、主文第一項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言の申立ては相当でないから、これを付さないこととする。
(裁判長裁判官清水信之 裁判官遠山和光 裁判官根本渉は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官清水信之)
別紙債権目録
債権者(原告) 債権額
木村進 二四九万三七一四円
守今朝雄 六三万八四二八円
徳村貞雄 一三六万六四九一円
布目浦太郎 三三八万〇七三四円
尾上謙三 一六九万一二二九円
芝原不二 一三〇万二三二七円
土居定敏 三五六万三二一八円
仙道欣造 二八二万一六八九円
別紙認容額一覧表
原告 木村進 金三万五八六三円
同 布目浦太郎 金二六万五五五九円
同 尾上謙三 金二万三五三七円
同 芝原不二 金二万九六五二円
同 土居定敏 金一一万九二三三円
同 仙道欣造 金二四万七九八九円
別紙裁判所の計算式等<省略>